松林

北の脇やあこめ海岸の松林の歴史は、はるか昔に私たちの祖先が植林したのが始まりだったと推定される。目的は将来やってくる巨大津波の破壊力を弱めるためだったにちがいない。特に、大潟では、私が子供だった頃、あこめには松の巨木が何本もそびえていた。それは江戸時代よりもっと昔に植えられたものと思われたが、近年の松くい虫被害でそのほとんどが全滅してしまったのはまことに悔しいかぎりだった。写真のように今生えているのは近年植林されたものである。

竈(かまど)

私が子供のころ(終戦後の数年)は、昔ながらの竈(かまど)でごはんを炊いていた。竈ではいきなりマッチで焚き木(たきぎ)に着火するのは難しいので、まずは「枯れた松葉や、古新聞」などに点火しその火勢で焚き木に着火する必要があった。ところが近年、生活様式が変わり、炊飯は主に電気で行われるようになり、竈はなくなって松葉による焚き木の着火などを知らない世代が増えている。

餅つき

生活様式変化はこういう風景も奪ってしまった。私が子供のころはこういう餅つき風景があたりまえの時代だったのだ。

子供のころ、お隣の鍛冶屋さん宅のうすと、きねを借りて正月用の餅つきを母と子でしたことが懐かしく思い出される。