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 あげばのアジ釣り

 この話に入る前に、「あげば(揚場、漢字で書くとこうなるが、読みづらいだろうからひらがなで通す)」とはいったい何か、できるだけ分かりやすく簡潔に話しておかねばならないだろう。「あげばとは、その昔、大潟村の漁船群が沖合の漁場から帰ってきて、その日の漁獲物を次々と荷揚げする特定の場所のことであった。

 余談だが、当時の幼い私の記憶では、夕方になるとあげばの雰囲気は活気に満ち満ちていた。次々と漁船が帰ってきて、まずは、手際よく漁師とその家族が船内で獲物を選り分けて魚種ごとにトロ箱に詰めてからあげばに荷揚げする。するとあげばには、運送屋が待ち構えていて砕氷をまぶしてトラックに載せ、市場に運ぶのである。

 次は、あげばとアジ釣りの関係について話す。沖から帰ってきた船団はあげばに並んで係留し、船内で漁獲物を選別する。このとき、立派な漁獲物は手際よくトロ箱に詰めるが、値段の安い物はバケツに入れて漁師が持ち帰り近所に配ったり、自宅で食べたりするのだった。ところが、ジャミ(3cm以下の小エビ)は食べるのが面倒くさいということで、あげばの海へ捨ててしまう、これを食べにコアジが群がるのであった。それが、毎日のことであるから、夕方になるとおびただしいアジの魚群が捨てられたジャミをめあてに押し寄せてくるというありさまなのであった。(本当は、そのジャミ仮説だけではなく、後述する第二のプランクトン仮説の方が正しいのかもしれない)

 ジャミはほとんど海中に投棄されるのだが、漁師の子供がそれをもらってアジ釣りの餌にしていたのである。漁師はどうせ捨てるものだから惜しげなく我が子だけでなく、付近にいる私たち幼児にもなんぼでも持っていきなよと言ってくれた。そんなわけで、大潟の子供たちは夏休みの夕方になるとあげばに並んでアジ釣りに興じていたのであった。

 そのころのアジは夏休みのはじめころは体長が10cmくらいだったが夏休みの終わりころになると15cmくらいになっていた。釣れたすぐのアジは七色に輝いて子供心をワクワクさせてくれたものである。

 
 

 けれども、不思議なことに、釣り針にかかってくるのは日の暮れ前の1時間くらいのあいだであり、日がとっぷり暮れるとパタリと釣れなくなるのであった。これは想像だが、日の暮れに連れるのは沖合からアジの魚群が押し寄せてきた一瞬の間だったのだろうと思われる。日が暮れるとあげばの灯りに引き寄せられて、大量のプランクトンが海底から海面に上昇してくる、アジはどうやらそのプランクトンを食べており、針に付いているジャミには眼もくれなくなっていたのではないかと思われる。